アイドルを再定義せよ〜武藤彩未ソロ第1弾プロジェクト『DNA1980』

7月19日、渋谷O-EASTで行われた、さくら学院卒業生、武藤彩未さんの初ソロライブへ行ってきた。

最近、「アイドル」の意味が問い直されるような動きが目立つような印象を受けていました。アイドルの歴史全体をドラマ化しようとするかのようなテレビ小説「あまちゃん」の放映開始。また小西康晴さんがNegiccoの持つ天然のユーモアに包みこみつつも、秋元康=AKBの作った現在のアイドル像に辛らつな皮肉を投げかける「アイドルばかり聴かないで」のリリース。

そして、今回の武藤さんのライブ開催が発表された時に、「アイドルを再定義せよ」という更に強い問いかけのようなものが感じられたのです。
武藤彩未ソロ第1弾プロジェクト『DNA1980』始動!!!」と題された今回のイベントの第一弾の発表では次のように書かれていました。

2013年4月29日、17歳の誕生日を迎えた武藤彩未のソロプロジェクトがいよいよ始動します。

武藤彩未の音楽のルーツをさかのぼると、2000年代から1980年代まで時代を逆行し、幼稚園では「モーニング娘。」、小学校に入ってからは「SPEED」、そして中学校に入学してからは、彩未が幼少期に両親が大好きだった1980年代の音楽を聴いて育ったこともあり、本来彼女にとって未知の領域であるはずの松田聖子さんをはじめとする80'sソロアイドルに強く憧れていったのです。
2012年初夏、武藤彩未ソロプロジェクトのスタートは1980年代の楽曲を厳選し、彼女自身の歌とともに現代に再生させることで彩未自身に音楽DNAを取り込む作業からはじめることとなりました。
それから約9ヶ月、1980年代を完全に再現するレコーディングのため、当時のレコーディングを知るエンジニアをはじめ、以降の日本の音楽業界を代表する各世代のミュージシャン、プロデューサー、アレンジャーを招き行いました。

続いて発表されたLIVE会場限定盤CDのミュージシャンクレジットも、その本気(マジ)具合をうかがわせるものでした。

そして、届けられたライブと実際のCDの内容も期待に違わぬものだった。
嘘偽りなく忠実な80年代そのままのサウンド。多くの80年代のアイドル歌謡ではビジネス上の諸条件から十分に時間をかけられなかっただろう部分を、最上のクオリティまで到達させていると言う点では今日性を感じさせますが、それは決して「新しいものを加えました」ということではありません。
録音的には当時アイドル歌謡では最も高品質であっただろう全盛時の松田聖子さんのものに匹敵する、あるいは、それ以上のものを作るろうとするかのような気概が強く感じられる音作りでした(今回、聖子さんの楽曲では最初期のものが選択されているのも、あえて真っ向勝負を避ける配慮からのような気がします)。


しかし、ライブが始まって、そのサウンドを初めて体感した時に、危惧を感じていたのは下手をすると「超高級カラオケ」のようなものにならないか…ということでした。
それを払拭したのは武藤さんその人の天性の存在と才能の可能性です。「本物のアイドルがそこにいる」という確信を観客に抱かせる説得力、それが時空を越えて、80年代のソロアイドルが持っていた輝きを2010年代の現在に再現=反復する力であるように感じます。
(ちょっと論旨から外れますがレポートとして記録しておきたいのは、武藤さんが演出台本を外れて、ファンとコミュニケーションをしたいがために若干、暴走し出すMCに垣間見れた天性の芸能IQの高さ!)。


そもそも多くのアイドルを産んだオーディション番組が「スター誕生」と題されていたように、アイドルとはスターの原石としての輝きを秘めているとプロによって判断されてデビューした人たちだったはずでした。「あまちゃん」でも描かれていたように、それを覆して、ほぼ素人でもアイドルになれる時代を作ったのが、80年代半ばのおニャン子クラブの登場だったのですが、だからこそ、おニャン子は革新的であったのです。
そこから再び「スターを目指すアイドル」を復権することは、トランプの大富豪での「革命返し」のようなものかもしれません。
既に、さくら学院からは卒業生の中元すず香さんのボーカルをメインでフィチャーしたBABYMETALが部活動(派生ユニット)から発展的にメジャーデビューして人気を拡大していますが、そこから進んで更に本格的なソロのスター歌手を生み出そうというプロジェクトが今回始まったのだと言えると思います。実際のところ、80年代、おニャン子クラブ工藤静香さんという一世を風靡する歌手を輩出しましたが、最近では、AKBも前田敦子さんが本業が女優であるため、未だ果たせていないことですし、モーニング娘。を始めとするハロプロも卒業生というかたちでは十分に成功させていないことです。
筆者としては武藤さんの現在のプロジェクトは18歳の誕生日まで続くと予想していますが、言うなれば、これは規定フォーマットではない、個別研修プロジェクトのように思えます(そして、これによって義務教育的な成長期限定のさくら学院のあり方も明確になる)。


さて、アイドルは再定義されるのでしょうか。実は答えは「元々アイドルとは定義不能だ」と言うのが正解である思います。
筆者も含めて今回のライブに集まったアイドルに対してマニアックな志向を持つ人たち(所謂ヲタク)は、「アイドルらしさ」という主観的なイメージを持って、それを追い求めていますが、アイドルの全盛期である80年代を反時代的とも言える水準で再現=反復するとき、それがいかに受け手ひとりひとりの個人史の中で形成された原理的には共有不可能なものであるかが明らかになったようにも、思えます。実際、80年代のアイドルを実体験したことのない観客も多かったはずです。
それでも、観客の側に何らかの「一体感のようなもの」が生まれたのだとしたら、それは成長変化する武藤さんという存在が、プロの手による優れた楽曲を歌い踊ることで生まれる熱が伝播し広がる現在進行形の時間の中にしかないような気がするのです。


彼女の持つ可能性から色々な予想が広がっていきます。例えば、もしかしたら男性視点ではなく、女性視点からアイドルを問い直そうとしているのではないか、とか。
でも、妄想には、きりが無いので止めて置きましょう。でも、一つだけ最後に書いておきたいのは私自身が最近、感じていたアイドルシーンの薄っすらとした停滞感が今回、一気に払拭されたことです。こんなにワクワクするのは久しぶりだ。