キミたち女の子 ボクたち男の子 

 何だか、ももクロの「走れ」が「王道」だの「ストレート」だのおっしゃる方がいらっしゃいまして、それに同意する人たちが多くて、「時代も変わったなあ」と思うことしきりです。


 「走れ」ってサウンドPerfume以降のエレクトロ・ハウスで、歌詞の世界は中高生男子の心情を女子に歌わせる秋元康=AKB48歌謡の「ニコイチ」だっていうのは、虚心に聞けば判ることで、後者は世界的に見てアイドルソングの「邪道」であるのは明らかなんですが、そこまでガラパゴス化してますか、我が国は…。
 男性演歌歌手や徳永英明が歌う「女歌」も、女性アイドルが歌う「男子歌」も倒錯してる、という意識がないんですから、「日本人には精神分析が必要ない」(ジャック・ラカン)わけですな。
 ももクロの三部作とファンのあいだで言われている「走れ」、「全力少女」、「オレンジノート」では「全力少女」以外は男子視点。「全力少女」も女子言葉に一箇所なるだけで、実は男子視点でも聴ける歌詞になってます。
 まあ「そういうものを王道という輩は70年代、80年代のアイドル歌謡を聴いて出直して来い!」とオジサンっぽく言いたくもなりますが、そんなことしなくてもアイドルという存在を抽象化してアニメ化した次の二曲を聴けば、アイドル歌謡の「王道」は直ぐ掴めます。
 アイドル歌謡の王道を知りたければランカ・リーを聴け!

 作詞は松本隆なので本物の王道以外の何者でもないですが、こういう歌い手の実存と重なる「少女のこころ」を歌うことこそが女性アイドル歌謡の王道です。
 それに対する作曲プロデュースの管野よう子がやっぱり凄い。初めて聴いたときは「"Smoke On The Water"まんまじゃん!」と思ったものですが、これは結局、「松本隆と言えば、筒美京平だよな」ということで、筒美先生の「洋楽いただき」へのオマージュだったんだな、と最近気がつきました。多分、郷ひろみの「花とみつばち」とかが世代的に管野氏の身に染み付いてるんだろうなあ。

 それから、これは以前、ここでも触れましたが「放課後オーバーフロウ」は井上ヨシマサ作曲のAKB楽曲へのオマージュですが、歌詞でも非常に巧妙なことをしてます。

残念ながら録音ヴァージョンが削除されてしまっているので、こちらで。

 こちらは菅野先生が作詞までして、秋元康の歌詞世界へのアンサーになっているんですけど、ちゃんとアイドル歌謡の王道に沿って男子視点にはしたくない、でも秋元楽曲の世界に近づけたい、ということでワタシやボクといった一人称がない中性的な表現になってるんですね。
 ですから、男女どっちの視点からも聴ける内容になっているんですけど、ちょっと技術的に高度過ぎて、一般層への遠心力は小さかったかな。

 まあ、とは言え「Z伝説」については難点も多い曲なので、また機会があれば。