サヨナラした大切なヒトを忘れない〜ドロシー随想メモ(2)

ドロシーリトルハッピーの「Life goes on」(以下「LGO」)はiTSなどで絶賛配信中です、ということで第二回。


この曲で一番、頻繁に引用されているフレーズは次の一節だろう。

消えてしまった星の分まで わたしたちは生きていくの

しかし、ここでも「消えてしまった星」を単純に隠喩として捉えてしまうのは、多くの意味を取り逃してしまう。
それよりも前に、文字通りに、リアルに(いわば天文学的に)受け取ってみる。
例えば、「ジャンプ!」では次のような一節がある。

世界が回るスピードで明日はやってくるよ
胸を振るわせるリアル感じたいの 思い切りジャンプ!

先のフレーズの前段から引用する。

サヨナラした大切なヒトを忘れないよ
消えてしまった星の分まで わたしたちは生きていくの
Life goes on!

大切なヒトとサヨナラしなければならない理由は一つしかない。
この曲のヒロイン(たち)にとっては極めて私的な個別の「大切なヒト」とマクロな「消えてしまった星」が対比され、直接的に隣接されている。

ミクロとマクロの隣接性は後半の一節でも表現されている。

遠くからそしてすぐ隣で見守っていて

この表現は隠喩というよりも「喚喩」というべきだ。つまりミクロな存在である「ヒト」とマクロな存在である「星」、そして円環的に再びミクロな「わたしたち」が隣接関係で結び付けられ、より上位の普遍的な概念である「生命(Life)」を表している。(続く)



今回は東京での三回目のワンマンの動画で。